中国で仕事をした経験がある日本人には、
似たような経験がある事ではないでしょうか?
少しは彼らの考え方が分かるかも知れません。

日本語に「木を見て森を見ず」という言葉があると思います。
意味は「物事の細部や一部に気を取られ、全体を見失うこと」

その昔、中国人と話をしていた時に「细节」と「整体」の考えを聞いたことがあります。
「细节(xì jié)細かい点、細かいこと」「整体(zhěng tǐ)全体、総体」の事。

中国人は基本的に「细节」の発想が多く、目の前の事柄を解決しないと先に進めない。
欧米人や日本人は「整体」の発想が多く、全体像を把握して小さい事に落とし込む。

私が話を聞いた中国人は大学で「逻辑(luó ji)理論、ロジック」と言う授業を受け、
中国人と外国人の違いについて勉強したのだとか。
最初は凄く分かりにくい概念だったと話してくれたのですが、
分かるとそれぞれの人種の発想の違いが分かったとの事でした。

中国人は仕事で問題が発生すると問題の原因を追求して改善するのではなく、
その問題を現状無くす手段(起きなくする手段)を採用する場合があります。

例えば、取り付けたドアがあったとします。
取り付けた後に立て付けが悪くなった時に、
多くの日本人は立て付けが悪くなった元となる原因を追求して、
同じ問題が再発しないように考えます。

中国人の場合は立て付けが悪くなった箇所を叩いたり、加工して
立て付けが取り敢えず良くなるようにするのですが、
根本的な部分の解決をしない場合があります。

根本的な解決をする場合は時間もかかるし、調べる手間がかかる。
調べたとして問題点が判明するかも分からない。
それだったら立て付け悪い所を取り敢えず良くなる方法で対応する。

また次に問題が起きてしまったら、その時に根本的な部分を解決するか、
何かその場しのぎでも良いので他に方法がないかを考えるようにする。

プロジェクトを進めるにしても全体像を把握して進めるのは日本人。
全体像より落とし込んだ細部を気にするのが中国人。

そのためこんな違いが生まれます。
ある作業を中国人が「自分は正しい作業をしている」と思い対応しているとします。
その作業単体で言えば確かに正しいのですが、
全体のプロジェクトや仕事の流れから考えると、
対応している中国人の作業対応は正しく無い、少し変える必要がある。

全体像が分からず自分の仕事だけで考えている中国人からすれば、
私の単体の作業は正しいとなり、
全体像が分かっている日本人からすると、中国人の単体作業は正しくないとなります。
この差の理解を埋めるのは非常に難しい点です。

理由は自分の作業は正しいと思っている中国人に対して、
他との作業と関連して考えると、現状の作業は正しくないという、
二歩先三歩先の関係性を理解してもらう必要があるため。

説明をしても頭で分からない場合は、
実際に結果を見せないと理解をしてもらえない場合も多く、
この辺の差を埋めるのが中国と日本を理解している人材になります。

理解してもらえればいいですが、
自分の作業のどこが問題なの!と自分を正当化する事もあるので、
この辺が頭が痛い所です。

そのため目の前の作業を終わらせて、次の作業に進み、
前後の作業との関連性をようやく理解して、
前に作業に戻って再度修正をしてから、また次に進んで作業をする中国人。
作業を進めながら理解を深めていきます。

そのため最初目指した目的と大きくズレた結果になる場合も。
これは全体像を把握せずに、目の前の作業をベースに進めていくため、
全体像を掴めずに途中経過で進路を修正する事ができないから。

目の前の作業を行う前に、全体像の流れや関係性をある程度抑えて、
作業を始め次の作業と連動させていく日本人。
作業を進める前にある程度理解していきます。

木を見て森を見る中国人。森を見て木を見る日本人。

全ての中国人が木を見て・・・と言いませんし、
日本人にも木を見てからの方もいます。

ただ全体像を把握しようとする日本人は、
アレコレと想定外を考えすぎる傾向もあり、
なかなか先に進まないという場合もあります。

人命に関係する場合は日本的な念には念を、
石橋を叩いてという発想は大切でありますし、
この発想があるから時間に遅れない新幹線など、
他国からみても驚きのサービスが提供できているのだと思います。

全てがこの理論に当てはまると思っていませんが、
お互いの考えの差の一つとして知っておくと、
腑に落ちることも多いのではないでしょうか。

今日の振り返り!中国語発声

细节 (xì jié) 細かい点、細かいこと

整体 (zhěng tǐ) 総体、全体